デビュー以降、4年の期間を経て2007年後半にセルフリリースされた本作は、新しい展開を予感させる幕開け的な一作。
hiro:nポップスタイルとは打って変わって、ヒロンさん自身「裏切りすぎちゃったかも」というくらい、ナチュラルなエッセンスを根底に響かせる本作。
「温風」・「STANDARD」にその色合いが良く現れ、とても癒されます☆
ゼロ地点に立って再び出発する音をぜひ☆
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よろしくお願いします!
さて、今回インタビューをさせていただこうと思ったのは、ヒロンさんの音楽活動を拝見していて、昨年(2007年)後半のアルバムリリースと供に、何かまた新しい方向・時期に入ったのかなと感じていたんですね。
僕自身が以前からヒロンさんのファンだったこともあって、改めてインタビューを通して色々お聞きしてみたいなと思ったんです。
今回初めてヒロンさんのことを知る方もいるかと思うので、まずはメジャーデビューの経緯からお聞きしてみたいなと。
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高校3年の頃に友達と二人でアカペラユニットをやっていて、ヤマハのコンテストに出たんです。
それで北海道代表になって、全国大会に出て、そこから色々広がっていったんですよ。
えっと、全国のヤマハの大会。
今だと、ストリートファイターとか、そんな感じの十代のもので。高校最後の思い出にみたいな感じで友達と出たらわりといいところまで行って。
その一緒に組んでた友達の方は別のルートから先にデビューしたり。
私はそのままヤマハにお世話になって、高校を卒業して上京してきてからヤマハの人と一緒にデモテープとかを作って、それがコロムビアのレコード会社の人の耳に入って、気に入っていただいて、デビューという感じだったんですよ。
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なるほど。そうだったんですね。
その辺のプロフィールが、大まかですけど、ワーナーミュージックさんのヒロンさんのページのところにも載っていたりもしますよね。
まさにその通りと(笑)
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で、友達と二人でやっていたアカペラユニットというのが。
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でも二人ともデビューということで、すごいきっかけだったんですね。
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ちなみにヒロンさんはブラックミュージックというところをとてもリスペクトしてるということなんですけど、そのブラックミュージックとの出会っていうのはやっぱり高校時代なんですか?
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中学生くらいの時に初めて Jackson 5 を聴いて、すごくきらきらしたものを感じて、モータウンからブラックミュージックにはハマっていったんですよ。
スティービーワンダーとかその辺から聴き始めて、高校生くらいからR&Bとか聴いてましたね。
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デビューした時から、そのブラックなテイストっていうのはやっぱり意識してたんですか?
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そうですね、すごく意識してました。
ノリを出したくって。
格好とかはあんまり興味がないんですけど。リズムですね、ブラックミュージックの好きなところは。
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デビューの話になったつながりで、今日はデビューシングルの『Blood Type AB Lover』と、『Peach』 を持ってきたんですけど。
『Peach』はゆるやかで、『Blood Type AB Lover』はキャッチーな。今でも好きで時々聞くんですよ(笑)
そういえば、仙台で結構活動してましたよね?
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そうですね、仙台にはよく行ってましたね。
その当時のコロムビアの、仙台のかたが早くからイベントを入れてくれたり、頑張ってくれてたんですよ。
インストアライブとか色々ブッキングしてくれて、行きました(笑)
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あ、なるほど。そういう関連で仙台にはよく来てたんですね。
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仙台にはよく行ってましたね。一番行ってたかもしれないですね。仙台と大阪にはよく行きました。
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僕も仙台の方の出身なので、ま、だからこそヒロンさんの音を知る機会があったわけで。
余談なんですけど、仙台市の隣に名取市というところがあるんですけど、国道4号があって、そこにTSUTAYAがあったんですよ。
そこでインストアライブをやったことがありましたよね(笑)?
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そこで友人がバイトしてたんですよ(笑)
友人もそれでヒロンさんのことを知って、僕もTSUTAYAにかけつけたりしたんですね。
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あ、そうだったんだ。
結構いまだに多くて、友達の彼女がそのころ仙台のHMVで働いてて、その時にインストアしてたらしくて。
そんな話が来たりとか(笑)
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積極的にご活動されてたんで、そんな話もちらほらでてきますよね。
で、その後、ワーナーミュージックさんの方に移籍されましたよね?
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そうですね。
そのコロムビアの、デビューのきっかけに選んで下さったかたが、ワーナーに移ったんですよ。
その辺の関係で移籍しました。
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あ、そうだったんですね。
ワーナーミュージックに移籍して、そこで、サードアルバムの…。
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『mangosutana』(マンゴスチン)ですね。一枚出しましたね。
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今のヒロンさんのホームページでも試聴できますよね。ハウス系というか。
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サウンドががらっと変わりましたね、ワーナーに移ってから。
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2曲目なんかとてもいいですね。
ヒロンさんの歌い方のスタイルに広がりを感じる一面を感じたというか。
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サードアルバム(マンゴスチン)を出してから現在に至るまでが潜伏期間というか。
去年(2007年)の新しいアルバムを出すくらいまでですよね。
マンゴスチンをだすちょっと前にニューヨークステイがあったと思うんですけど、その辺も絡めて色々お聞きしてみたいなと。
h
そうですね…。なんていうのかな。
コロムビア時代の2年間っていうのは、ものすごい濃密だったっていうのが。
何も分からず北海道から出てきて、デビューして、めまぐるしい日々を送り、色々あってちょっと精神的に疲れてしまって。
歌も曲作りも、学んだことがないまま自己流でやってたので、勉強したいなっていう気持ちと同時にコンプレックスもあって。
あとは、自分をちょっと休養させたいなという想いもあって、ワーナーでアルバムを出した後、事務所とレコード会社から離れました。
全国にファンの人がいたし、やめることは割と勇気のいる大きな決断だったんですけど。
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もう一度一からやり直したいなと思って、やめたんです。
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なるほど。
そういう決断と前後する時期のニューヨークステイっていうところでは何か影響ってありました?
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ブラックミュージックに憧れがあったんですね。
ちょうどワーナーに移籍する前に時間があったので、本場へと思って一人で行ってきました。
黒人さんの生のスタイルっていうのはやっぱりすごいですね、本当に。この街からジャズとかヒップホップとかが生まれるのはあたりまえなんだなっていうくらい街に馴染んでて。
じゃ、私は今東京で何をしたらいいんだろうっていうのはすごい考えたし、あとは、あたりまえのようにアメリカの音楽とかヨーロッパの音楽って日本にすごい入ってきて街でも流れてるけど、日本の音楽って、日本の中でとどまってるような気がしたし。
それって何故だろうとすごい思いました。
日本で音楽を作っていくという部分で、質とか劣らないくらいのものを作っていきたいなって、帰りの飛行機の中で思いましたね(笑)
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なるほど、考えている舞台が大きいですね。
ちなみに滞在期間はどれくらいだったんですか?
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ニューヨークっていうと結構危険だったりとかもよく言いますよね。
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恐かったですね。ハーレムとかやっぱり恐かったです。
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そういうところにも足をふみ入れたれたんですね(笑)
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行ったんですけど(笑)
街が暗い時間になってハーレム街に行ったんですけど、憧れの場所な反面恐かったですね(笑)
雰囲気がちょっと殺伐としてましたね。
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ライブステージとか、そういうのも色々こう、見に行ったりしたんですか?
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行きましたね。
プリンスのライブがたまたまあってすごいよかった。オーディエンスのノリが激しい。みんなエキサイトしてて。
あとはジャズバーに行ったりしました。
あとは、ジョン・レノンのダコタハウスという、オノヨウコと一緒に住んでたマンションのそばとか、ストロベリーフィールズ(Strawberry Fields)に花束あげにいったりとかしました。
あとはショッピングという感じで(笑)
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あ、なるほど。行ったらもう、あとはそうですよね。
やっぱり男性に比べて女性はほんとにお買い物を楽しみますしね(笑)
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そうですね、精神的にも疲れてた時だったんでリフレッシュされました。
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そんなニューヨークステイも通して、現在に至るまでやっぱり変化という部分では大きいものがありますか?
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んー、ちょっと長かったので…。
デビューしてその一、二年っていうのは自分に自信もなかったし、むしろコンプレックスも大きかったから、それをこの4年間のライブを続けて仲間に支えられて、やっと去年あたりゼロ地点にたどりついたかなっていう感じなんですよ。
歌に対して賛否両論あったりとかして、そういうのに一々ナーバスになってしまっていたというか。
それでこう、ちっちゃくなっていってしまったんですね、心が。
自分に自信を持ちたかったので、4年間、自分なりに変化し続けたと思いますね。
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そして昨年(2007年)、自主レーベルからアルバム『Hellow Singing Bird』を出してというところで、アルバムに関して色々お聞きしてみたいなと。
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4年間も空けてしまったので早く出さなきゃと思って、書きためた曲を形にして出そうと思ったんですね。
それで、どこにも所属してなかったので自主で出そうと。
レーベルはラベル程度のものです。
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なるほど。
それでセルフプロダクトという形で出して、hiro:nラストライブ・中島洋子ファーストライブということで、どうでした?
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やっと始まれたという感じですね。
そして、最近HIRO:N復活しました(笑)
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アルバムは、僕もヒロンさんのホームページのほうで直接注文させていただいて(笑)
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特に最初と最後の、「温風」と「STANDARD」が、とてもいいなと思ったんですよ。
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アルバムは全体的に自分を癒すように、ずっと曲も書いてなかったのでリハビリというか。
だからきっと癒しな感じになってるんだろうなって思います。
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デビューした頃のと比べると以前の方が元気っていうか、それに比べて落ち着いた、そんな感じになってると思います。
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ちなみに1曲目の「温風」に関しては爽やかで前向きなものをとても感じたんですけど、この曲ができた経緯というのは?
恋愛ソングでもある曲だと思うんですけど。この辺は普段のヒロンのときめきだったりがでている曲ですか(笑)?
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そういった一面も感じ取れる一曲だということで(笑)
愛に包まれている感じがとてもいいですね。
「STANDARD」の方は「温風」に比べてもうちょっと癒し系のゆったり目の曲かなと。
ラブソングでありながら、自分との対話のような、そんなイメージがありますね。
日記をちょっと拝見したんですが、結婚していく友人に向けて書いた曲だということで。
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去年くらいから「結婚式で歌って」っいう話が多くて(笑)
それで、友達に向けて書いた曲なんですよ。
それと今まで鍵盤で作っていたんですけど去年からギターを弾き始めて、面白くて、わりとスラスラッとできた曲ですね。
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ギターで作った曲だったんですね。
歌詞も、色々と考えることができるそんな内容になってますね。
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たぶんこの頃作った曲は自分自身の深層心理を探りつつ、レコード会社から離れてしまったのものの、今どうしてここで一人で何をやろうとしてるんだろうとか、自分を探りながら作ってた曲なので、歌詞の内容にもそういう部分が出ているのかもしれないですね。
ポップカルチャーを無視して作っちゃったというか。
それは今回の反省点でもあるんですけど、一方で何も考えないで作ってたので、それが正直に出てるんだろうなと思います。
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「hiro:n」というキャッチーなスタイルでデビューして、反面、こういった自然体でナチュラルな曲もあるんだと。
そういった意味では、違うスタイルと味わいを出している一作ですよね。
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なんか思いっきり裏切り過ぎちゃったかなっていう反省点はすごくあるんですけど(笑)
でも、自分でこれを作らないときっと前に進めなかったかなと思って。
全然後悔はしてないですけど、踏まえて今は次作を作ってます。
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一つの作品ありながら、次につながるそういった作品ですね。
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インタビューもそろそろ終盤になってきたところで、「これからそして未来へ」ということころでお話をお聞きしたいなと思うんですね。
まずは、ヒロンさんが今までこうして歌い続けてこれたその原動力というのは?
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そうですね…、なんだか分からないんですけど、自分でも。
ものすごく歌を歌いたくて、一生歌っていきたいと思っていて、その源が何か分からないんです、自分でも。
ただ、歌いたくて仕方がないですね。
音楽のことしか考えてないくらい音楽が大好きというか、大好きの域を超えてるところにあるんです。
たぶん、音楽が自分を一番表現しやすいものなんだと思います。
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なるほど。
でも、その歌いたいっていう気持ちが奥底にあるっていうのは、本当にそれが一番で重要な部分ですよね。
そういえば、ちょっと話が変わってhiro:n復活っていった話題がありましたよね?
(H ZETT M feat. HIRO:N , ALBUM 『PIANOHEAD』)
テレビに出てるの見たよって、友人が言ってたんですけど、フィーチャリングで。
これはまた、そのhiro:nという部分はそれで残しつつ、中島洋子さんとして活動していくようなスタイルでっていう感じですか?
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なぜ今回アルバムの際に名前を変えたかというと、以前のhiro:nとまったく違うものを作っちゃったので、これはhiro:nじゃないなって思って、それに今回のアルバムに4年も空けてしまったというのもあり、もうみんな忘れちゃったんじゃないの?!って思ってしまっていました。
なので心機一転やっていうこう、と思って本名に変えたんですけど、ちょうどアルバムのレコーディングが終わったくらいにコラボレーションのお話を頂いて、で、hiro:nでいいですかという話をされたので、「あ、どうぞ!」って(笑)
それで、やっと自分でもhiro:nっていうのを認められたかなっていうのがあって。
今まで自分でhiro:nっていうのを否定してしまっていたところがあったので、その話をいただいてやっと過去を精算できたというか。感謝してます。
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客観的な意味でも、自分が過去を受け入れられた、そういったオファーでもあったということなんですね。
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そんな感じで、hiro:nという形もありつつ、中島洋子さんとして、両方のスタイルを持ちつつ今後も活動していくという感じですかね。
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そうですね、気まぐれにやっていくと思います(笑)
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最後に何か普段感じていることとか、ファンの方や初めて知る方にメッセージがあれば。
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表現する身として、人の心が一番気になるかもしれないですね。
身近なところでも誰かを元気にしたりとか癒したりとかできるような表現をしていけたらなって思います。
それと、ぜひライブなど、遊びに来て下さい。
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そうですね、今またまったく違うものを作ってるっていうか。
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聴けると思うんで、ぜひ、ライブに。
新しい曲は結構アクティブな元気な曲を書いているので、『Hello Singing Bird』のまた逆サイドという感じです。